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タッフブログ

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2022.06.20

建築街歩き…「旧本多忠次邸」

こんにちは。リフォームガーデンです。
東海地域も梅雨入りしましたね。しばらくは、晴れ間が待ち遠しい日々になりそうです。
仕事柄、建築を見て周るのも楽しみの一つ(^^) 今回は、愛知県岡崎市を訪ねてきました。

 

愛知県岡崎市「旧本多忠次邸」

「旧本多忠次邸」は、本多忠次氏が1932年(昭和7年)に東京・世田谷に建てた住宅と壁泉の一部を移築し復元したものです。
忠次氏は、徳川家康の四天王と言われた武将・本多忠勝を始祖とする旧岡崎藩主、本多家の末裔。世田谷の敷地の売却に伴う邸宅の取り壊しに際し、その歴史的価値からゆかりのある岡崎市に移築・保存されることになりました。

 

正面のアーチや赤い瓦屋根など、昭和初期の邸宅建築に好んで用いられたスパニッシュ様式を基調に、車寄せ部など一部チューダー様式を加味した木造2階建ての洋風建築。三連アーチのアーケードテラスや、2階まで続く半円形のボウ・ウィンドウも印象的です。

 


前庭にはスパニッシュ建築様式の特徴とされる壁泉(壁面に彫刻などで飾った口を設けて水を出すようにしている噴水)が設置されています。

外観は洋風ですが、和室と洋室を取り込んだ和洋折衷式で、忠次氏の思いが強く反映されています。
忠次氏は、東京で生まれ東京帝国大学の哲学科を出たとの事で、建築の学部ではありませんでしたが、書物で研究するほか、当時話題になっていた近代建築を見てまわったり、気に入った住宅があると設計者や施工者を調べるなど、研究熱心だったようです。
敷地選定から建築基本設計を自身で手がけ、設計・施工が可能な工務店とともに36歳の時に約1年の期間をかけて完成させました。

 


当時流行していたアールデコ洋式を取り入れた階段ホール

 


家具や照明も自分でオーダーしたそうです。
布張りの家具などは張替え等、補修をしていますが、家具や照明も当時のままのものが残されています。

 


昭和初期、ステンドグラスを自邸に用いるのはステータスシンボルだったそう。
随所に配置されているステンドグラスのデザインにも忠次氏の希望がはいっています。

 


タイルとステンドグラスが映える浴室。タイルは昭和に入り、衛生設備に広く使われるようになりました。

 


2階のボウ・ウインドウ部は、忠次氏の書斎。
南に面し、朝から夕方まで光が差し込むよう設計されています。

 


(左)砂壁、竿縁天井で三部屋続きの和室もあり、客間は、床の間・違い棚・付書院のある造りとなっています。
(右)当時流行していたアールデコ洋式の茶室。照明や赤い布張りのソファーがモダンです。紅茶がお好きだったようで、炉などはなく洋風のティールームタイプの居室です。

 

接客空間と生活空間をうまく区別させる間取りなど、家族の団らんやプライバシーを重視し始めた現代住宅へ変化する当時の建築を見ることができるのも興味深い点です。
今では、設計士や工務店と家を作り上げていくのは一般的ですが、当時の著名な建築家に依頼するのではなく、理想とする家作りを工務店と二人三脚で作りあげた忠次氏のこだわりの邸宅。
GHQに接収された期間などを経つつ、この邸宅を大事に守って暮らされ、103歳で亡くなられたそうです。

岡崎市東公園の一角にあり、館内も庭も丁寧に管理されていて、無料で入館できます。
お近くに出かけられることがありましたら、ぜひ足を延ばしてみてください(^^)

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